2011(H23)年8月24日 塩釜・松島・南三陸町
鳴子温泉〜塩釜〜松島湾巡り〜4号線北上〜南三陸町〜鳴子温泉泊

ボランティアセンター(VC)に問い合わせると,「事前登録制になっています」とのことでしたので,VCでの活動はあきらめました。
でも,テレビのニュースを見ているだけではだめだと思い,地元の方から話を聞いたり被災地を訪問したりすることにしました。

   

南三陸町は半年経過した後もメチャメチャでした。右写真の防災センター跡には,全国各地から視察に来ていました。
津波で何もないのです。自分たちに何ができるのでしょう。募金?節電?被災者受け入れ?風化させないような取組?

塩釜のマリンゲートへ。 応援のぼりもたくさん立ててあります。 松島遊覧船です。この船も被災して三重県からも
船を送ってもらっているとのことでした。
海の底にたくさんのがれきがあるため,
松島遊覧コースも変更されていました。
飼料工場です。ここも津波でやられて,周りに
飼料のにおいが充満していたそうです。
かもめの餌付けのえさは,かっぱえびせんです。
塩釜港です。近海マグロの日本一水揚げ量です。
ここもやっと水揚げができるようになりました。
震災時,松島の島々にすんでいた人はほとんど
助かりました。
みんな,すぐに高台に走って逃げたそうです。
だけど,塩釜や仙台の人たちは
車に乗って逃げたためたくさん亡くなったそうです。
震災直後,タンカーが港に入れなくなったため
ガソリンや灯油不足で大変だったとのこと。
この船の操縦士さんも被災されておられました。島の
家屋も形は残っていますが中はメチャメチャです。
松島の遊覧船は,震災前の半分くらいの数に
なっているそうです。
松島港です。 立ててある杭は,海苔・昆布や牡蠣などの位置取り
です。震災後,漁師さん達が作業されました。
岸に上がっているタンカーは使えないため,
解体処理を待っています。
塩釜で,日本一の水揚げのマグロをいただきました。 地元のウニも生でいただきました。 日本三景「松島」の碑。
松島のメインストリートを抜けて。 「立ち上がれ宮城」の立て看板。 道の駅「津山」で休憩。
復興支援の人たちがたくさん訪れます。 駐車場には被災した車を乗せるトラックが
止まっていました。
南三陸町に入ります。
JRのトンネル前もひどい状態でした。
海に近づくとガレキがいっぱいです。 町役場はニュースのままでした。 病院もメチャメチャのままです。
廃墟となった建物の横で重機が動いています。 防災対策庁舎前で。
周りは全て流され,平地にガレキが積まれています。
最後まで避難を呼びかけた職員も亡くなりました。
次々に視察に訪れていました。
祭壇もおかれていました。 チリ沖地震の際の津波の高さが書いてある道標。
これ以上のすさまじいい津波だったことがわかります。
この光景を胸に刻んでおきます。
次の世代を担う子ども達にも正しく伝えられるように。

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